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東京地方裁判所 平成11年(ワ)23842号 判決 2000年7月27日

主文

一  被告は、原告らに対し、それぞれ金2,100万円及びこれに対する平成10年5月9日から支払ずみまで年6分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

本件は、原告らが、被告に対し、原告らの被相続人が被保険者である3件の保険契約に基づき、約定の保険金及びこれに対する請求の日の翌日から支払ずみまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。

一  争いのない事実等(証拠の摘示がないものは、当事者間に争いのない事実である。)

1  甲野太郎(以下「太郎」という。)は、被告との間で、平成6年11月17日に別紙保険契約目録二記載の積立普通傷害保険契約を、同年12月27日に同目録三記載の積立家族傷害保険契約をそれぞれ締結した。

2  株式会社西部緑化(以下「西部緑化」という。)は、平成9年6月22日、被告との間で、別紙保険契約目録一記載の自動車総合保険契約を締結した(なお、太郎が許諾被保険者として被保険者の地位を与えられていた。)。

3  太郎は、平成9年7月29日、東京都練馬区石神井台<略>先路上において、普通貨物自動車(右自動車総合保険契約における被保険自動車)を運転中、電柱に衝突し、その事故により死亡した(以下「本件事故」という。)。

4  太郎の法定相続人は、原告ら両名である。

(甲4)

5  原告らは、平成10年5月8日までに、被告に対し、本件事故が発生して太郎が死亡したことを通知すると共に、約定の各保険金の支払いを請求した。

二  本件の争点

本件の争点は、太郎の死亡事故が急激かつ偶然な外来の事故であったか否か、就中太郎は自殺したものと推認されるか否かである。

1  原告らの主張

太郎は、運転を誤って本件事故を惹起したものである。

したがって、原告らは、それぞれ被告に対し、前記自動車総合保険契約に基づく搭乗者傷害保険金500万円、自損事故保険金750万円、前記積立普通傷害保険契約に基づく死亡保険金350万円、前記積立家族傷害保険契約に基づく死亡保険金500万円、合計2,100万円の保険金支払請求権を有する。

2  被告の主張

本件の各保険契約は、いずれも急激かつ偶然な外来の事故を保険金支払いの要件としているところ、太郎は自殺したものと推認されるから、被告に保険金支払いの義務はない。

第三  争点に対する判断

一  <証拠略>によれば、次の事実を認めることができる。

1  太郎は、昭和2年5月11日生、本件事故当時70歳で、特に健康に不安な点はなく、造園工事業を営み、従業員二十数名を抱える西部緑化の実質的な経営者であった。太郎は、本件事故当日、自宅を朝8時に出て、8時40分ころ西部緑化の事務所と隣り合わせになっている息子の原告甲野一郎の自宅において、その日の仕事の打ち合わせや入出金の段取り等を話し合い、9時30分ころ会社事務所で営業担当者と打ち合わせを行った後、10時ころ会社の資材置場に向かうため、本件事故車両に1人で乗って事務所を出た。その約10分後、一郎の携帯電話に仕事のことで連絡があったのが最後の音信となり、午前10時30分ころ本件事故が発生した。なお、事故現場は、会社の事務所から資材置場に向かう途中の道で、太郎もよく熟知していた場所であった。

2  事故現場は、都立石神井公園西側の三宝寺池外周に存する幅員約3.7メートルの狭い区道であり、幅員1.2メートルの公園遊歩道と幅員3.6メートルから3.7メートルの一方通行の3つの道路が交差する変則交差点となっている。太郎は、路側帯が存する道路を南から北に真っ直ぐ交差点の突き当たりに向かって進行し、曲線半径約15メートルの緩く左方向に湾曲した道路上を進むはずであった。その進行方面の道路は、路側帯がなく、突き当たりに沿って向かって右側に金網フェンスが設置されているほか、両側にある樹木や家屋に遮られて、前方の視界が極めて悪い。現場付近の道路は、最高速度が時速20キロメートルに規制され、路面は平坦でアスファルト舗装されている。太郎の進行方向突き当たりには、正面に電柱があり、また、右側に左方向の道路確認のためのカーブミラーが設置されている。なお、本件事故当日は、晴天であり、交通は比較的閑散としていた。

3  本件事故車両は、突き当たりの電柱に衝突後、右方向に90度以上回転し、左後方側面を金網フェンスに衝突させて停止した。衝突後の本件事故車両の状況は、右前面の運転席側に衝突痕があり、右前面のヘッドランプ付近が大きく凹損し、右フロントピラーが起き上がって右前部の屋根を隆起させ、右前輪は荷台前端付近まで後退している。運転席のドアは外側に膨隆し、運転席の床面空間は殆ど存しない状態で、ダッシュボード及びハンドル軸が運転席シートの前端まで後退し、キャビン全体が後退して、運転席後方のバック・パネル及びフレームにまで変形が及んでいる。右後輪が空転し、タイヤの路面接地部が摩擦により削れており、タイヤのスチール部が露出していた。

4  本件事故車両の破損状況、衝突後の動態、更には同型車を用いた衝突実験結果によると、本件事故車両は、時速約40キロメートル前後でほぼ真正面から車両右前面を電柱に衝突させたものと推定される。また、事故現場の左カーブに沿って車両が走行する場合、旋回によって発生する遠心力とタイヤの摩擦力からして、乗員が危険を感じることなく走行する速度は、最大で時速約30キロメートル前後と計算される。

二  また、<証拠略>によれば、次の事実も認めることができる。

1  太郎が実質的に経営していた西部緑化は、平成7年3月期の決算で、売上高2億0,405万9,000円、売上総利益1億1,431万9,000円、営業利益634万4,000円、経常利益102万2,000円、当期利益15万円(いずれも年額)という結果であり、ギリギリで黒字を計上したが、売上高に対する当期利益率は0.07パーセントと極端に低く、しかも、期末商品製品棚卸高を606万9,000円計上して、ようやく黒字決算にしている。次いで、平成8年3月期の決算では、売上高2億8,596万1,000円、売上総利益1億2,822万1,000円、営業利益798万5,000円、経常利益42万1,000円、当期利益47万9,000円(いずれも年額)という結果であり、同じくギリギリで黒字を計上したが、売上高に対する当期利益率は0.17パーセントと相変わらず極端に低く、かつ期末商品製品棚卸高を1,076万1,000円計上して、ようやく黒字決算にしている。しかし、売上高の増加に拘わらず外注費も増加したため、売上高に対する売上総利益率は、平成7年度の56パーセントから平成8年度には45パーセントに減少しているし、一方で、借入金の残高は、平成7年3月末の時点で8,064万7,000円であったのに対し、平成8年3月末の時点では9,857万円であり、1,792万3,000円も増加している。

2  西部緑化の平成9年3月期の決算では、売上高3億2,932万円、売上総利益1億4,052万円(いずれも年額)であったが、黒字決算を維持することができず、営業損失320万8,000円、経常損失1,684万3,000円、当期損失1,697万7,000円(いずれも年額)を計上する結果となり、当期未処理損失は1,424万1,000円に上り、大幅な赤字を記録した。借入金の残高は、1億4,775万7,000円に達し、前年度末と比較して4,918万7,000円も増加し、しかも、担保価値のある資産が底をついたことから新たな銀行借入は困難となり、高利のノンバンクからの借入が増大した。また、同社の短期貸付金は、平成8年3月末の時点で1,650万9,000円であったものが、平成9年3月末の時点で3,907万円と倍増しているが、その大部分は太郎に対する貸付である。その一方で、同社は、平成9年に入って、本件事故日までに請負代金総額4,500万円に及ぶ5件の公共工事を受注し、本件事故当時、約定通り工期の到来した2件の工事を完成させて代金を受領している。

3  太郎は、更にジャパンテクニカルコンストラクション株式会社の代表取締役であったが、同社は、実質的に営業活動を行っておらず、本件事故当時も1,000万円を超える当期未処理損失を抱えていた。西部緑化と併せて2社の借入金の残高は、平成9年3月末の時点で1億7,425万7,000円に達し、前年度末の時点と比較して6,668万7,000円も増加した。また、2社の太郎に対する貸付金の残高は、平成9年3月末の時点で併せて4,753万1,000円に達し、前年度末の時点と比較して3,027万円も増加していた。

4  太郎も、ことに個人の金融業者であるA山A男から頻繁に借入を重ね、平成9年3月の時点で残高が2,650万円に達し、本件事故直前においても、2,000万円残存していた。太郎は、A山に対する債務について、西部緑化において、本件事故の5か月前に加入した太郎を被保険者とする大同生命の生命保険金に対し、受取人をA山にする方法で担保に入れ、太郎の死後、右保険金が下りてA山に対する債務は全額返済された。

三  保険金支払いの要件である保険事故とは、被告の主張するとおり、急激かつ偶然な外来の事故でなければならないことは、特に約款の存在を待つまでもなく、当然の事理である(商法629条、641条、642条)。

ところで、右認定に鑑みれば、本件事故の態様、即ち、太郎は、最高速度が時速20キロメートルに規制された見通しの悪くかつ狭い区道を、しかも、時速約30キロメートルを超えると走行に危険を感じるような左カーブの事故現場を、時速約40キロメートル前後でほぼ真正面から車両を電柱に衝突させていること、また、太郎の生前の経済状況、即ち、同人が経営していた西部緑化は勿論、個人的にも資金繰りがかなり悪化しており、自己の生命保険金を担保に入れて借入をした経緯もあったこと等を考え合わせると、太郎は自殺したものと推認できるとの被告の主張も、あながち理解できないわけではない。

しかし、事故現場の道路は、太郎がよく熟知していた場所であり、交通閑散な状況に気を許し、高速度でカーブに突っ込んだ末、曲がりきれずに電柱に激突したとも考えられる。また、西部緑化は、平成9年3月期の決算において大幅な赤字を記録するなど決して経営状態は芳しくなかったものの、平成9年に入って本件事故前にも公共工事を数件受注して順調にこなしており、苦しい中にも何とか持ちこたえていたのである。これらに加えて、本件事故当日の太郎の行動について、朝の出勤時から特に不自然な点はなく、自殺を企てていたような兆候は何ら伺えない。しかも、太郎は、本件事故の直前に息子の原告甲野一郎と電話で話しており、仮に太郎が自殺を決意していたのであれば、少なくともそれを匂わせる話を息子の一郎にしていて当然と思われるのに、話の内容は仕事のことであったというのである。そして、太郎が健康面で特に不安はなかったこと、遺書を残したような形跡は何ら伺えないことなど、本件で顕れた一切の事情を勘案すると、太郎が自殺したとは到底考えられず、正しく急激かつ偶然の事故で死亡したものというべきである。

被告は、原告らにおいて、本件事故が保険事故であることの主張立証を充分に行っていないというが、以上の説示に照らせば、被告の右の非難は当たらないというべきである。

四  よって、原告らの本件請求は理由があるから、主文のとおり判決する。

(別紙)保険契約目録<略>

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